【自民党憲法改正草案】見やすい対照表で現憲法との違いが分かる!

現行憲法と自民党の憲法改正草案を比較する。憲法改正草案とQ&Aは、自民党公式HP上のPDF 『憲法改正草案 Q&A』より転載。

憲法改正草案 第12条 (国民の責務)

(国民の責務)
憲法改正草案第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、
自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し
常に公益及び公の秩序に反してはならない
現行憲法第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、

常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

【Q14】
「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えたのは、なぜですか?

【自民党の答】
 従来の「公共の福祉」という表現は、その意味が曖昧で、分かりにくいものです。そのため学説上は「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」などという解釈が主張されています。

 今回の改正では、このように意味が曖昧である「公共の福祉」という文言を「公益及び公の秩序」と改正することにより、憲法によって保障される基本的人権の制約は、人権相互の衝突の場合に限られるものではないことを明らかにしたものです

 なお、「公の秩序」と規定したのは、「反国家的な行動を取り締まる」ことを意図したものではありません。「公の秩序」とは「社会秩序」のことであり、平穏な社会生活のことを意味します。個人が人権を主張する場合に、他人に迷惑を掛けてはいけないのは、当然のことです。そのことをより明示的に規定しただけであり、これにより人権が大きく制約されるものではありません


【参考】
「公共の福祉」と「公益及び公の秩序」の違いについて

【公共の福祉】と【公益及び公の秩序】の違い!変更の理由を正しく理解する!

 Category : 参考・資料etc Tag : 公共の福祉 Q14
自民党の憲法改正草案では、現行憲法の「公共の福祉」が、「公益及び公の秩序」という文言に変更されています。

憲法改正草案第十二条 (国民の責務)
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力により、保持されなければならない。
国民は、これを濫用してはならず、
自由及び権利には責任及び義務が伴うことを自覚し、
常に公益及び公の秩序に反してはならない。
現行憲法第十二条
この憲法が国民に保障する自由及び権利は、
国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。
又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、

常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


 まず、現行憲法下で、個人の基本的人権が公権力から制限を受けるケースはあるのでしょうか? 実は現行憲法下でも、基本的人権は一部制限されています。ただしその制限には必ず根拠となる法律が存在していて、それらの法律により「権力者の恣意によらず、社会的に合理性があると認められる場合のみ」制限が行われるようになっています。

 災害対策基本法の「警戒区域」は、災害によって退去を命じられる区域です。罰則付きで区域内への立ち入りが禁止され、許可なく区域内にとどまる者には退去が強制されます。基本的人権である自由権(居住・移転の自由)が、公権力によって制限されます。
災害対策基本法 第63条 (市町村長の警戒区域設定権等)
災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、人の生命又は身体に対する危険を防止するため特に必要があると認めるときは、市町村長は、警戒区域を設定し、災害応急対策に従事する者以外の者に対して当該区域への立入りを制限し、若しくは禁止し、又は当該区域からの退去を命ずることができる
1991年に雲仙普賢岳で大火砕流が起き、43名の死者が出ました。この被害は「避難勧告区域」の中で発生しました。「避難勧告」には強制力がないので、警察は勧告に従わない人を強制的に排除することができません。そのため避難勧告を無視して区域内に進入する報道関係者が後を絶たず、無人の民家に上がり込んで電力を無断使用する事態まで起こりました。犠牲になった43名の中には、報道陣を取り締まるために区域内に入った警察や消防団員もいました。報道陣が避難勧告を守っていれば起きなかった悲劇です。

 雲仙普賢岳では、この事態を受けて数日後に「警戒区域」が設定されました。「警戒区域」になると立ち入りが禁止され、罰則もあり、従わない者は強制排除することが可能になります。これは日本の行政上、戦後初めての「警戒区域」の設定でした。なぜそれまで一度も無かったのか? その理由の1つは、「強制力をともなう警戒区域設定」はイコール「基本的人権の制限」を伴うからです。この種の命令は非常に出しにくいのです。しかしその結果、避難勧告を無視した報道関係者が民家へ不法侵入し、それを警戒するために危険な地域に警察を配置せざるを得なくなり、結果、死傷者多数という惨事を招きました。こういう悲劇を防ぐためには、災害時や非常時にある程度の基本的人権を制限することは、やむを得ないという側面があります。


 国民保護法の「警戒区域」は、武力攻撃事態や緊急対処事態などによって退去を命じられる区域です。罰則付きで区域内への立ち入りが禁止され、許可なく区域内にとどまる者には退去が強制されます。さらに、私有地の一時的な提供や、食料の保管指示に従わない場合にも罰則が科されます。基本的人権である自由権や財産権や住居の不可侵などの私権が、公権力によって制限されます。
国民保護法 第114条 (警戒区域の設定)
市町村長は、武力攻撃災害が発生し、又はまさに発生しようとしている場合において、当該武力攻撃災害による住民の生命又は身体に対する危険を防止するため特に必要があると認めるときは、警戒区域を設定し、武力攻撃災害への対処に関する措置を講ずる者以外の者に対し、当該警戒区域への立入りを制限し、若しくは禁止し、又は当該警戒区域からの退去を命ずることができる

 現行憲法下でも、実際には「公益及び公の秩序」という観点による基本的人権への制限が行われています。現に、今でも福島第一原発周辺は警戒区域に指定されていて、立ち入りが禁止されています。そして、災害対策基本法や国民保護法などの法律によって、公権力が基本的人権を制限し得る憲法上の根拠は、「公共の福祉」という文言です。

 ところが、「公共の福祉」という文言の意味については、昔から様々な学説があって解釈が定まっていません。「公共の福祉は、人権相互の衝突の場合に限って、その権利行使を制約するものであって、個々の人権を超えた公益による直接的な権利制約を正当化するものではない」という学説(一元的内在制約説)もあります。しかしこの学説に立脚すると、災害対策基本法や国民保護法による基本的人権の制限は、「憲法違反により無効」ともなりかねません。過去には最高裁判所が、刑法200条は憲法14条に違反して無効と判断したこともあります。「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」という文言に修正することは、実質的には、災害対策基本法や国民保護法などの現行の法律の状況を追認し、ただ現状と法文を一致させるということに過ぎません。


 「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に書き換えることは「基本的人権の否定だ!」という主張があります。では、もし「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変更したら、「権力を持つ者」は、「恣意的に人権の制限」をすることが可能なのでしょうか?

 もしそれが可能であるのなら、現行憲法下でも可能です。「恣意的な人権の制限」は、「法律の不適切な運用」によって行われるからです。「法律の不適切な運用」という問題は、現行憲法下でも存在しています。もし国税庁が国税徴収法を不適切に運用すれば、基本的人権である自由権や財産権を侵害することも可能です。

 憲法には、そもそも「権力者による法律の不適切な運用」を防ぐ機能はありません。「法律の不適切な運用」を防ぐためには、合理的な法体系の整備、選挙を通じた政治家の選択、行政訴訟といった手段で改善していくしかありません。憲法の「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に変えることで、「法律の不適切な運用」が増える・・・という種類のものではありません。

 つまり、「公共の福祉」を「公益及び公の秩序」に書き換えることは「基本的人権の否定だ!」という主張には、論理的な根拠が見出せないのです。